ものがたり・後向きの観音様

はじめに

美濃加茂市の中富町に霊泉寺というお寺があります。
そこには、この物語の題材となった <うしろを向いた観音様>が
100体の石仏にまじっておいでになります。
寺のご住職様に伺ったところ、どのようにしてこのような観音様が
お見えになるかは、文献なども無いためわからないということでしたが、
一説によりますと、
この観音様は実はキリスト教の聖母マリアの像ではないかとのことでした。
江戸時代においてキリスト教が弾圧されました。そんな中、信者は
観音様の像にマリア像を隠して信仰していたのではないかと推測されます。
このお話はそんな観音様を題材にしてつくりました。

むかしむかしのそのむかし
国のあちらこちらに 34人の観音様がいらっしゃいました。
観音様は苦しみや悲しみ、辛さや、痛さから人々を救うため
毎日毎日忙しく働いていらっしゃいました。
そんなある日のこと
観音様におふれが回り108年ぶりに皆して会うことになりました。
観音様は雲に乗ったり、風に乗ったり、ある観音様は龍に乗ったりして
それぞれ天上界の蓮の花の池に集まっておみえになりました。

「おやおや 私が一番のりかな。」
六時(ろくじ)観音様がそうおっしゃって、雲から降りられました。
「いいえ 私が一番ですよ。」
蓮の花の向こうから声がしました
そこには多羅(たら)観音様がおいでになりました。
「おおや 多羅観音さま。相変わらずおきれいでいらっしゃいますな。」
「まあ 相変わらずお口のおじょうなこと 六時観音様。」
「ははは ところで他の方たちはまだお着きになっていないようですね。」
「はい もうまもなく皆様おいでのことと思いますよ。」

「やあやあ お久し振りで。」
円光(えんこう)観音様がおいでになりました。
続いて白衣(びゃくえ)観音様、施薬(せやく)観音様・・・・と
観音様はつぎつぎと池の周りにお集まりになりました。
池の蓮の花の周りで挨拶やら、お話やらがとびかっておりました。

「みなさん おひさしゅうございます。」
「100と8年ぶりに一堂に会し、それぞれ地上界でのご苦労に
少しでも報いる為、お釈迦様にひと時のお暇をお願いをして
こうしてお集まりを戴きました。」
楊柳(ようりゅう)観音様が、こうお話をはじめられました。
池の周りに集まっておられた観音様がたも、楊柳観音様の方を
それぞれおむきになり、じっと耳をかたむけておられます。
「全員お集まりのことと思いますが・・・」
ここまでお話になり、四方を見渡しますと、
「おや? お一人いらっしゃられないぞ・・・。」
それを耳にした観音様たちも一斉にまわりをご覧になりました。
「本当だ。どなたかな?」

「ああ あの私どもと違う国よりおいでになられた・・・」
「おお マリア観音様か あの方がまだお見えになられていない。」
「いろいろと気をお使いなのではないのでしようか。」
「そのようですね。」
観音様がたはそれぞれにお話をされていました。
「おっつけ いらっしゃると思いますので、それまで皆さんごゆるりと。」
こう楊柳観音様がこう言われますと、観音様方は池の辺りにそれぞれと
お集まりになり、語らいをおはじめになりました。

皆さんはここで”マリア観音様”と言う耳慣れない観音様のお名前を
聞きました。
そうです。この観音様は実は本当の観音様ではありません。
この物語の本編はここからが始まりです。

慶長19年(1614)江戸幕府は、
キリスト教が幕藩体制をゆるがすことを恐れキリスト教禁止令を出しました。
その後諸藩に”宗門人別帖”を作成させ、キリシタンでないことを証明する為に、
人々はどこかの寺の檀家にならなければならないようにしました。
ここ美濃の国の下古井村においても、
同じように村の人々を厳しく取り締まっておりました。

ある寒い冬の日のことです。
一人お旅の人が、ここ美濃の国の下古井村を通りかかりました。
丁度定吉の家の前まできた時、
そのたびの人はバタリと倒れこんでしまいました。

「お前さん、誰か外で倒れちまっただよ。」
定吉は女房のおみよの声で、外に出ました。
そこには一人の見知らぬ人が倒れこんでいます。
「どうなさったんじゃ?」
定吉は尋ねましたが、返事がありません。
それより、荒い息をしています。
定吉は頭に手をあてました。
「いかんおみよ床をしいてくれ。すごい熱じゃ。」
「あい わかったよ。」おみよは急いで寝床をしきました。
と言っても定吉の家は大層貧乏で寝床といっても、
わらで編んだムシロにわずかばかりの布をかぶせたものでした。

おみよは井戸から水を桶に汲み、手ぬぐいに水を浸し、
その人の頭に置きました。
「おまえさん どうしようかの?医者なんぞよべねえぞ。」
「薬だってないぞ。」
「どうしよう 五軒組にとどけるべえか?」

その当時幕府は農民などを支配する為に、だいたい五軒の家を一組にし、
お互いに助け合ったり監視しあったりする組織(五軒組:五人組)を作りました。

「いいや、そんなとこ届けるとこの人は、無宿人として外に出せというに
きまっちょる。そんなことしたらこの人は死んでしまうぞい。」
「こそっとしとこ。治ったらまたこっそと出てもらえばええから。」
「そうじゃねえ そうしよか。」
定吉とおみよはそういってこの行き倒れの人をかくまうことにしました。

ふたりが必死で看病をしたのがよかったのか、その人の熱もさがりました。
「よかったよかった もう大丈夫じゃろうて。」
「おまえさん お湯をわかしておくれ。この人の体をふいてあげるから。」
「わかったぞい。」
定吉はカマドに薪をくべ火をつけました。
パチパチ火がつき、やがてお釜の水がお湯になりました。
「おみよ お湯がわいたぞ。」「ほれ 桶と手ぬぐいじゃ。」
「あいよ おまえさん。」
「着物を脱がせるから手伝って・・・・・・。」そういいかけておみよはハっとしました。
てっきり男の人と思っていましたが、この人はなんと女の人だったのです。

「おまえさん ちょっと外へ出ておくれ。」
「どうしてじゃあ?今手伝ってっていったんじゃないのけ?」
「おお いったけんど、だめじゃ この人は女のひとじゃ。」
「なんと!あまりにも汚れていたので気がつかなんだわ。そうか 女の人か。」
定吉はこうつぶやくと家の外にでました。

ピューピュー 外は北風が吹いています。夜の空には零れ落ちんばかりの星が
輝いています。寒い冬の夜でしたが、どういう訳か定吉は幸せな気持ちでした。

「おまえさん もういいだよ。それに気がついただよ。」
おみよの声で定吉は家の中に入りました。
「おお!」
定吉は思わず大きな声をあげました。
着ている着物はとてもみすぼらしいものでしたが、
おみよに拭いてもらったその女の人の顔をみた定吉は
信じられない気持ちでいっぱいでした。
とてもこの世の人の顔とは思えなかったからです。

「ありがとう」
その女の人は定吉とおみよにお礼をいいました。
「なんの 困った時はお互い様じゃ。それより おなかが空いたじゃろう。」
「なんもないが ・・・おみよなんぞねんか?」
「少しばかりヒエがあるけん、それを粥にでもしようかの」
「ここに一粒のお米があります。これも加えてください。」
女の人は懐から一粒のお米を出しました。
定吉とおみよはたった一粒のお米だけど、それをなべに加えました。
「それにこれは菜の葉ですが、これで采汁でも作ってください。」
同じように懐からよれよれによれた菜の葉を取り出して、おみよに渡しました。
「すいません。」
おみよはその菜の葉をなべに入れ、采汁を作りました。
ほどよく二つのナベがグツグツといいはじめ、おいしそうな匂いがしはじめました。
「さあ たべよかの。」
定吉がナベの蓋をとりました。
すると!
なんとなんと!ヒエのお粥はそれは美味しそうなお米のお粥になっていました。
そして、菜汁は中身の一杯詰まった采汁になっておりました。

「こ これは不思議じゃ。どうしたことか?」
すると 女のひとが言いました。
「これは私のほんの感謝の気持ちです。いくら食べてもなくなりませんので、
どうぞおなか一杯召し上がってください。」
「これは不思議じゃ。いったいこれはどうしたことじゃ?」
定吉は再びいいました。

「定吉さん、おみよさん、ありがとう。実は私はこの国の者ではありません。
異国から新しい教えを説きにやって来たものです。途中少し具合が悪くなり、
お二人にご迷惑をかけてしまいました。この国ではまだ私共の神のお教えを
わかってくれる人がおりません。でも安心しました。この国にも定吉さんや
おみよさんのようにやさしい心をもった人がいるのがわかりましたから。」
「この世は殿様も百姓もすべて人として平等です。そして、どんな辛いことや
苦しいこと、悲しいことなどがあっても、今日のこの1日に感謝し、明日を信じ
自分をしっかりみつめて暮らしていけばきっと幸せになれます。
定吉さんもおみよさんも明日を信じて暮らしてください。」

「定吉さん、おみよさん。あなたがたには子供がおりませんね。
随分まえからほしがっていたでしょう?授かりますよ必ず。」

定吉とおみよはその女の人の話をポカンと口をあけて聞いておりました。
「さあ もう行かねばなりません。このままでいるとあなた方にどんな災いが
降りかかるかも知れませんからね。本当にありがとう。」

その女の人はすくっと立ち上がりました。
するとその女の人の体からなにやら明るい光がで始めました。
そうして次第に天井の方へとのぼっていき始めました。
「あ あの あなた様のお名前は?・・・。」
「マリアといいます。」
その声と同時に、女の人は二人の目のまえから消えてしまいました。

あれ以来ナベの粥は食べても食べてもいっこうにへりません。
「のう おみよ。あの方はなんだったんじゃ?」
「あれか あれはきっと観音様じゃ。」
「そうじゃのう あのお方は観音様じゃのう。」
「あの方が言われたとおり、このおなかのなかに子供も出来たし・・・」

そうなんです。定吉とおみよには赤ん坊が授かりました。
「でも 普通の観音様とちょっと違うわな。」
「そうじゃのう でもわしらにとってはやっぱり観音様じゃ。」
「どうじゃろう あのお方の像を作ってお参りしようかの」
「そうじゃ それがええのう。」

二人は観音様の石像をつくりました。
そして二人は毎日毎日一心にお参りしました。

そんなある日のことです。

お役人が定吉の家にやって来ました。
「定吉とおみよとはお前たちか?」
お役人はいばってたずねました。
「はい わたくしたちです。」
定吉は恐る恐る答えました。
「その方たち、先だってバテレンをかくまっただろう?」
「いいえ そのようなことは・・」
「だまれ!ある者から訴えがあったぞ!隠し立てするな!」
「いいえ けっして」
「お前たちはキリシタンだろう!」
「いいえ 違います。」
「だまれ!だまれ!ではこれはなんじゃ?」
お役人は二人が作った観音様を指差していいました。
「これは 観音様です。」
「ばかもの!こんな観音様があるか!」
たしかに、普通の観音様とは少しちがっておりました。
この観音様は両手に子供をだいておられたのです。
二人が返答に困っていると、
「二人に縄を打て!」「ひったてろ!」

こうして二人は牢にいれられてしまったのでした。
定吉の家には この観音様だけがポツンと残りました。

どの位の月日がたったのでしょう。
定吉とおみよはようやく牢から解き放なたれました。
二人いえ、おみよの腕のなかには男の子がおりました。
赤ん坊が牢で生まれ、その泣き声があまりにも大きく
番人たちがほとほと困り果てたからでした。
二人はつかれた足取りで我が家に戻ってきました。
幾月か人の住んでいない家は、朽ち果てるのも早いのですが、
定吉の家に限ってはあの時のままでした。
それに、あのナベのお粥も・・・・・
「よかったのう おみよ。戻ってこれたわい。」
「ほんに お前さん よかった。わし ずっと祈ってた。」
「おらもじゃ。 ずっと この観音様のこと 祈ってた。」
「この観音様が この家とわしたちを救ってくださったんじゃ。」
「ありがたや。ありがたや。」
二人は一心にお祈りをしました。

と、その時です。

二人の前の観音様が こう言われました。
「定吉さん おみよさん ありがとう。でも かえってあなたたちに
迷惑をかけてしまいましたね。このままでは 又二人に被害が及ぶやも
しれません。私はこういたします。」
なんと 観音様は後ろ向きになっておしまいになりました。

「大変に遅くなりました。皆様ごめんなさい。」
池のまわりで語らいでいらっしゃった観音様たちは、
その声で一斉に静かになられました。
「マリア観音様、よくお出でになられました。」
楊柳観音様が皆を代表していわれました。
「皆様 せっかくご親切にしていただきましたが、やはり
私は 皆様とは少し住む世界がちがうように思われます。
ですから、ここで皆様とはお別れしとうございます。」
マリア観音様がこう言われますと、一斉にどよめきがおきました。

「けれど、私が人々を思う気持ちと皆様が思う気持ちにはちがいなぞ
あろうはずがございません。わたくしは これからも地上界の人々の
ために努力をしていこうと思っております。」
こうお話をされますと、あちらこちらから拍手が沸きあがりました。
「マリア観音様がおっしゃるとおり、人々を思う気持ちは同じです。
マリア観音様がどうしてもと言われるのなら、お止めは致しません。
お好きになさってください。」
「ありがとうございます。」

こうしてマリア観音様は他の観音様とお別れになったのでした。

むかしむかしのそのむかし
この国には33人の観音様がおいでになりました。

おしまい

ものがたり・小山の世話人

小山の世話人

はじめに

美濃加茂の小山(こやま)に小山寺(しょうさんじ)という寺があります。
飛騨川が木曾川と交わるほんの少し手前、川の中ほどに島があります。
ここに小山観音として知られる堂宇が建っています。
昔は陸続きだったそうですが、今はダムのために渡り橋がついています。

いまから約800年以上前のことです。
木曾義仲の母の若名御前が京に上る時、この辺りで病没したとのことです。
そのことを悼んで義仲が、この地に堂を建てたとの言い伝えがあります。
今回はこのことを基に製作しましたが、史実とはなんら関係がありません。

むかしむかし そう、今からかれこれ600年位前のことです。
鎌倉幕府が滅亡してその後、足利尊氏が室町幕府を開きました。
1467年(応仁元年)権力争いから応仁の乱が始まりました。
いずれにしても、このお話とはあまり関係がありませんが・・・・

ここは 美濃の国、上古井村の牛ケ鼻(現天狗山)の下に飛騨川は流れています。
この川は米田郷の下・小山で木曽川と合流します。
その為にこの辺りは度重なる水害で人々は苦労していました。
この川の中ほどに 小さな島があり、そこにはお堂が建っています。
このお堂はこのお話よりさらに200年ほど前に、木曾義仲が母の
霊を慰めるために建立したといわれています。
このお話は、このお堂にまつわるお話です。

「お留とめ、だいじょうぶか?お福ふくお前もええか?」
「ああ わしはだいじょうぶだ。それより おっとお
お前様はええかね?お福だいじょうぶか?」
「櫓を放すでねんぞ!」
「わかってるだ、それよりおっとお 舵をしっかりたのむぞい!」
お留と捨吉は荒れ狂う飛騨川を舟で太田の郷に向かっていました。
舟の中には 生み月を迎えたお福が、青い顔をして座り込んでいます。
あいにくと 川辺の郷の産婆がすべて出払っていて
やむおえず舟で太田の郷へ向かうことになったのです。
この小山の近くまで来た時です。晴れていた空が一転にわかに暗くなり、
雨風が吹き荒れてきたのです。
この先は木曽川との合流地点です。
川はより一層荒れ狂うことは間違いありません。
「困ったのう。あと一息じゃというのに。」
捨吉は舵を取りながら言いました。
牛ケ鼻の下ぐらいに来た時です。
目の前に 小さな島をみつけました。
「おお、あそこに一先ず 舟を着けよう。」
捨吉は舵を小島の方向に向けました。

やっとのことで小島にたどりついた 捨吉は
まずはじめにお福を舟から降ろしました。
そうして お留と二人して 舟を留めていた時です。
ふとしたはずみで、櫓を流してしまいました。
「あ~~っ」
捨吉は慌てました。櫓がなくては舟はこぎだせません
「わしが取ってくる!。」
とっさに、お留は自分の体に縄を巻き、
「おっとう しっかり持っててな!。」
と言って 荒れ狂う川に飛び込みました。
「おい! お留 むちゃすんな!。」
捨吉はお留を止めようとしましたが、その時は
すでに お留は川の中です。
捨吉はしっかりと縄の先を持っていました。
どの位たったでしょうか
捨吉が伸ばしていた縄は後がなくなりました。
「もう待てねえ。」
捨吉は縄をどんどん手繰たぐり寄せました。
・・・・・・!
なんと 縄の先には お留ではなく 櫓がしばってありました。
「お留~~~~っ!。」
捨吉は声の限り叫びましたが、お留の姿はどこにもありません。
「・・・お留・・・お留・・・」
捨吉はうつろな眼でつぶやいていました
「おっとお、おっかあ、いたい!おなかがいたい!。」
気が付くと お福がお堂の所でくるしんでいます。
捨吉は途方とほうにくれてしまいました。
「あ~あ こんなときに婿の吉松は何処どこ行った!?」
「いったいよ~~!。」
お福はますます苦しみだしました。

祠のなかには観音様が祭られていました。
「観音様、どうか お福を助けてください。お願いします。」
捨吉は必死で観音様に手を合わせました。
「おら 何も出来ねえ。おら 観音様におすがりするしかできねえ。」
「お福を助けてくださるなら、おらどんなことでもいたします。」
その時です、どこからか 声がしました。
{あい わかったぞ}
おぎゃ~~~
どのくらいたってたのでしょう。
捨吉は、赤ん坊の泣き声でわれにかえりました。
お福をとみると・・・・
男の赤ん坊を抱いていました。
「お福!だいじょうぶか?」
「おっとう だいじょうぶだ。一時くるしかったけど
すぐらくになったでな。」
「そうかそうか よかったよかった。」
「おっとう おっかあは?」

捨吉は今までのことをお福に話しました。
「うそじゃ!おらが苦しんでるとき、ず~と手をにぎって
だいじょうぶだ・もうすこしだって話してくれたのに・・・」
捨吉は ハッとしました。
「観音様じゃ!観音様がお福を助けて下されたんじゃ」
「ありがたや ありがたや」
捨吉は何度も何度も 観音様にお礼を言いました。
その時です またもどこからか 声がしました。
{やくそくじゃぞ・・・}

・・・・あれから 一年
お福と吉松それに留丸と名付けられた男の子が
小山の観音様の前に立っていました。
捨吉はあれ以来すっかり元気がなくなり、家でぼんやりしています。
「観音様 あの時は本当に有難うございました。」
「お陰様で ほれ こんなに元気な男の子になりました。」
「あの時、おっかあの代わりをしていただきました。
でも・・・おっかあは・・・・。」

「ばぶばぶばぶ。」
留丸が指差したほうを何気なく見たお福は
「!・・・」
「おっかあ・・?」
「なに!おっかさま?」
吉松も留丸が指差したほうを見ました。
「おっかさま!。」
そこには 忘れもしない お留の姿がありました。
でも お留はこの三人のことなど気にもとめず、お堂のまわりの
掃除をしています。

どうやら お留は記憶をなくしたみたいです。
何度話しても知らない知らないと言うばかりです。
吉松は急いで捨吉を呼びに行きました。
「なに! お留が生きてる!?」
捨吉は駆けつけました。が、
やっぱり お留は知らないというばかりです。
「お留 おらじゃ 捨吉じゃ。」
・・・・・どうも 思い出す気配はありません。
その時 どこからか 声がしました。
{捨吉 わたしとの 約束じゃ このお留は わたしの世話人
としていただいたぞよ}

捨吉は思い出しました。あの時 観音様にお願いしたことを・・
「お福、吉松、おらは ここに 残る。」
「おらは あの時観音様と約束をしたんじゃ。こうやって
お留が生きていた今、おらも このお堂の世話人として、
お留と一緒にここに居る。」

これ以来 この小山の観音様でお堂のお世話をする 年老いた夫婦が
暮らしたとのことです。
ふたりは いつまでも いつまでも 仲むつまじくお世話をしたとの
とのことです。
でも、お留の記憶が戻ったかどうかは、わかりません…・

おしまい

ものがたり・姫街道

はじめに

この作品を作るにあたり 美濃加茂市 発刊・美濃加茂市教育委員会編集の
”市民のための美濃加茂市の歴史”を参考にいたしました。

慶長5年(西暦1600年)、徳川家康が関ケ原の戦いで勝利を得、
それから3年後江戸に幕府を開きました。
幕府は、江戸を中心とする5街道:東海道・中山道・日光街道・奥州街道・
甲州街道を整備し、公家や諸大名の往来を円滑にするようにしました。
5街道の内の中山道は、東海道の裏通りとも言われ、
東から武蔵・上野・信濃・美濃・近江の5ケ国を通りました。
宿67のうち16宿が美濃の国におかれました。
その内の一つ、太田の宿は出発点の板橋宿より51番目にあたります。

{木曾のかけはし太田の渡し碓氷峠がなくばよい}

このように歌われた太田の渡しは、中山道の三大難所の一つでした。
もちろん 歩いてわたることなど到底出来ず、舟でわたるにしても、
その時々にかわる水の流れに気を使わないと、転覆の憂き目に遭うことが
よくあったそうです。

このお話は、そんな背景があることをご理解の上、ご覧下さい。
例によって、史実とはなんら関係がありません。

むかしむかし、そう今からかれこれ400年ほど前のことです。
関ケ原の戦いで勝利を得た徳川家康は3年後、江戸に幕府を開きました。
天下の安定を計るため家康は、諸大名の妻や子女をいわば人質として
江戸に住まわせ、謀反を防ぐ政策をとりました。【参勤交代の制度は
寛永12年(西暦1635年)に確立されました。】
中山道は又の名を姫街道とも呼ばれ、多くの姫が大行列をなして通行した
とのことです。・・・・・

近江の国元を離れ、江戸屋敷に向かう玉姫はまだ幼少9歳でした。
江戸までの道のりはまだまだ遠く、少しばかりうんざりしてきました。
もともと玉姫はじゃじゃ馬娘で女中や腰元はいつもハラハラしていました。
玉姫一行は(江戸から数えて)中山道51番目の宿・太田の宿に到着しました。
今夜はこの宿で泊りです。玉姫一行は本陣の福田家に入りました。
おりしも今日は太田の町の夏祭り、あちらこちらから、笛やら太鼓の音が
聞こえてきます。
玉姫は嬉しくなってきました。付け人のお初と二人きりになって、玉姫は
思いっきり手足をのばし、大きな背伸びをしました。
「玉姫様、なんとはしたないお姿、たれぞ見てるかもしれませぬ。お気を
つけあそばせ。」
お初はこう言って玉姫をたしなめましたが、一向に気にせぬようすでもう一度
大きなあくびをしました。

「の~うお初」
玉姫はお初に話し始めました。玉姫がお初に対して「の~う・・・」と
切り出したときは、たいていやっかいな事を言い出すときでしたので、
お初はつっと立って後片付けをしようとしました。
「の~うお初」
玉姫はお初のすぐ前にきました。こうなると無下に知らぬ顔はできません。
「はい 姫様」
「この宿は何やら騒がしいのう。」「私はこんな騒がしいところはいやじゃ!」
玉姫は、まるっきり反対の事を言いました。お初も心得たもので「はい 姫様
まったくその通りです。遅くなると もっと騒がしくなるやもしれませぬ。
早うお食事をされまして、お眠りなされませ。」
「の~うお初」
「はい 姫様」
「今宵 少しだけ 外に出向こうぞ」
「ダメでございます。玉姫様は大事なお体。もし何ぞあったときには一大事で
ございます。ここは近江のお城ではございませぬぞ」
お初はこう言って諭しましたが、すでに玉姫の心は本陣の外・・・・・
一向に聞く気は無いようです。お初はあきらめ玉姫に言いました。
「そのお姿では目立ちまする。私が町娘の衣服を取り揃えて参りますので、
それまでお待ちくだされませ。」
玉姫は一層うれしそうな顔をしていました。
「町の娘のすがたになるのか。これは楽しみじゃ。お初早う用意してたもれ。」

中元に少しの金子を渡し、内密にするよう話したお初は、玉姫と二人して
こっそり夜の太田の町へと出かけました。
町のあちらこちらでは、少々お酒の入った男たちが大きな声で笑いあって
いました。笛や太鼓の音が大きくなり、その周りでは男や女子供が輪になって
なにやら踊っています。
「お初 あれはなんじゃ?」
「はい姫様 盆踊りにございます。」
「盆踊り?私もやってみたい。」
「無理でございます。」
「でも やりたいのじゃ。」
そう二人してやりとりをしていた時です。フッと姫が誰ぞやに抱きかかえられ
ました。あっと思ったときです。抱きかかえた男が言いました。
「さあさ おじょう 何だかんだって言ってないで、入った入った。」
男は玉姫を輪の中にいれました。
最初は少しばかりまごまごしていましたが、その内に玉姫は上手に踊るように
なりました。ハラハラしてみていたお初でしたが、玉姫の余りにもうれしそうな
顔を見て、なんだか急にかわいそうになりました。
それはそうです。玉姫はまだ9歳。父親である殿様、母親である奥方様と別れ
単身江戸表の屋敷に出向くのです。いくらこれが世の慣わしとは言え、
これで今生の別れになるのかもしれません。
お初はできるだけ玉姫のやりたいようにしてあげようと思いました。

その後、町のあちらこちらを見て周り、玉姫とお初は本陣へ戻りました。
踊りつかれたのか、歩きつかれたのか、玉姫は軽いいびきをかいて眠って
しまいました。お初もドッと疲れがでたようです。早々に眠りにつきました。

どの位たったでしょう。
ピカッ・ガラガラドドーン
すさまじいカミナリとともに雨が降り出しました。

ここは太田の宿・

{木曾のかけはし太田の渡し碓氷峠うすいとうげがなくばよい}

こう歌われた太田の渡しはこの先あと少しのところです。
昨夜の雨で水嵩は増えていました。
太田の渡しは木曽川を渡るのですが、この少し上流の小山あたりで、
木曽川は飛騨川と合流するのです。その為か水嵩は深く、
とうてい人が歩いてわたれるわけがありません。
舟で渡るにしても、その時々の水の流れをよく見極みきわめないと、
転覆の恐れがあります。
この日の水嵩は川止めにするかしないかの微妙なところでした。が、
舟かしらは思い切って舟を出すことにしました。
「川渡しじゃ!川渡しじゃ!」
舟かしらは大きな声で他の船頭に指示をだしました。

その当時、単に川を渡ると言ってもそれは大変な作業でした。大名等を渡す船
(この船は渡賃を取らなかったとの事です)・渡船とで多い時は2000人前後の
人々や荷物をおおよそ15人ほどの船頭で渡したとの事です。
むろん、一般の旅人等はこの渡しの後になったようで、
当時の旅の時間の流れは本当にのんびりしてたように思います。

・・・・・話が少し横にそれました。

玉姫たちは無事に向こう岸の土田へと着きました。行列の後はまだまだ川を
渡っています。渡し船は何度も行き来を繰り返していました。
玉姫は籠の中で待つ間少しうとうととしていました。・・・・・・・・突然!
「わあ 転覆てんぷくじゃあ。」「おーい船がひっくり返ったぞーっ。」と言う声が
しました。行列の一行は川の中を覗きました。
2隻の船が川の中ほどで転覆しています。
乗っていた家来の侍や、荷物は川に投げ出されてしまいました。
落ちた人を助けるもの、荷物を拾い上げるもの、もうてんやわんやです。

・・・・・・・

ようやくのこと、太田の渡しを渡りきった玉姫の一行は
「ご出立~っ。」
かけ声とともに行列をなして、伏見・御嵩へと向かいました。

玉姫たちの行列が、太田の渡しをなんとか渡りきり、伏見のほうへ出立した後、
ここ、土田の渡し場には太田の宿へと向かう二人の女小娘が船を待っています。
で、よ~くみるとそれはなんと!玉姫とお初ではありませんか!
いったいこれはどうなっているのでしょう?

ここで、少し時を戻ります。

あの渡し船の転覆の時、玉姫は一計を案じました。
皆が転覆のためにあわただしく動いているとき、お初に無理やり籠から降ろさせ、
町娘の姿になって、も一度あの盆踊りをしてみたいと言い出したのです。
お初は始め大反対をしたのですが、いつものこと聞き入れてはくれません。
お初も、前にお話したように玉姫を不憫に思っていましたので、早籠で後から
追っかければ、なんとかなると考えました。
で、身代わりとしてすぐ傍にいらっしゃったお地蔵様を、なんと玉姫とお初に
見立てたのでした。
そうとは知らぬ玉姫の行列はお地蔵様を乗せて伏見・御嵩へと
向かったというわけです。

玉姫とお初が太田の宿へ戻ろうと渡し船に乗り、川の中ほどにさしかかった
ときです。
突然、大きな川波が二人を飲み込んでしまいました。それはあたかも龍が
襲いかかったみたいでした。

話変わって、
身代わりとなったお地蔵様をのせた玉姫一行が、道中御嵩みたけの宿にて
休息を取ることになりました。
籠を停め、女中が玉姫の籠に向かって言いました。
「玉姫様、ここで一先ずご休息を、お履物をご用意いたします。」
「・・・・・」
へんじがありません。
「玉姫様?」
「・・・・・・」
やはり返事がありません。女中は少し不安になりました。
「玉姫様、ご無礼つかまつります。」
といって、籠のかぶりを開けました。
! なんとそこには玉姫ではなくお地蔵様が乗っていらっしゃるではありませんか。
女中は、驚いて思わず、「ひえ~っ」と叫んでしまいました。
家来たちも駆け寄ってきました。
籠のまわりを囲んで見ていますと、やおらお地蔵様が立ち上がり
「やれやれ、見つかってしまったぞ。」と言ってスタコラサッサと土田の渡しに
むかって走り出しました。
続いて、お初の乗っていた籠からも、もう一人のお地蔵様がやっぱり
スタコラサッサと土田の渡しに向かって駆け出しました。

玉姫の家来一同はあっけにとられ、ポカンとみています。
ふと、気が付いたけらいが、「追いかけるのじゃあ~。」と叫び、お地蔵様の
後を追いかけだしました。
家来たちもあわててその後を追いかけ始めました。

お地蔵様と、玉姫の家来たちはまるで追っかけっこのようにして、
土田へ戻ってきました。
お地蔵様がいらっしゃった祠までくると、
なんと玉姫とお初がお地蔵様の身代わりとなって祠の中に立っているではありませんか。
家来たちは二度びっくり、あわてて 玉姫たちを揺ゆり起おこしました。
「玉姫様、玉姫様・・・」

「玉姫さま、玉姫様・・」
玉姫はふっと目が醒さめました。
「長らくお待ちいただきました。ご出立です。」
なあ~んと、玉姫は籠の中で夢をみていたのです。
ほんの一時の淡い夢、それはちと変わってはいましたが、
盆踊りがしたい一心からだったでしょうかそれとも・・・・・

「ご出立~っ」
こうして、玉姫の一行は江戸への長旅についたのでした。
この中山道はこのような お姫様を乗せた行列が、
いくつもいくつも通り過ぎたのでしょう。
姫街道といわれる所以はここにあるのでしょう。

おわり

ものがたり・天狗の美濃吉

はじめに
美濃加茂市の古井町に天狗山と言われる小高い所があります。
その昔はここを、竹ケ鼻と呼んでいたそうです。
現在、この天狗山には天狗を神様とする荒薙教がありますが、
例によって、このお話は何ら関係がありません。

上古井村の美濃吉は、まだ十歳だと言うのに 背の高さは6尺(約1.8m)もあり
体重はなんと30貫(約120キロ)もあるそれはそれは大きな子供じゃった。
そんなずうたいなので、いつもいつも「おっかあ はらへったよ~」って言っておった。
なにせ おひつ一杯のご飯と、おなべ一杯の汁をペロリと食べてしまい、
その他にも芋やらとうもろこしやらをパクパクたべておった。
その代わりと言うか、チカラだけはそんじょそこらの大人でもかなわない。
この前なんかは牛車がぬかるみにはまってしまって身動きできないのを、
牛ごと抱きかかえてそのぬかるみからだしてしまったし、
庄屋さまの家の普請の時なぞは、お蔵ごと担いで動かしたほどじゃ。

この上古井村は年に一度すもう大会があるんじゃけんど、
いつも美濃吉は一番じゃった。
だが今年は噂を聞きつけ、大田村や加茂野村、
はたまた勝山や遠くは久田見村などからも力自慢の男たちが集まってきたんじゃ。

子供ずもうから始まり、取り組みが次々とすすんで美濃吉の取り組み頃になると、
あちこちにちらばっていた人々は土俵の周りにどんどん集まってきたんじゃ。
なにせ今年はよその村の強力男が幾人も美濃吉と勝負しに来ておったからじゃ。
この男たちをみて今年の美濃吉は一等にはなれんじゃろうと誰もが思っておった。
じゃがひょっとかすると・・と言う気持ちもあったので、
皆固唾を飲んで待っておったんじゃ。

美濃吉の名前が呼び出されると人々から一斉に大きな拍手と喚声があがったんじゃ。
最初は久田見村のヒゲ男じゃった。行事の軍配がかえったと思った瞬間、
久田見村のヒゲ男は土俵の外に吹っ飛んだのじゃ。
村の人々は美濃吉のあまりの強さに少しばかり恐ろしさを感じるほどじゃった。

一等を決める最後の勝負はさすがに大勝負じゃった。
大田村の剛の助は美濃吉よりさらに1尺も高い7尺の背丈で
しかも体重はゆうに40貫(150キロ)を超える大男じゃった。
二人はグっとにらみ合った後、一気にたって組ずもうとなったんじゃ。
どちらもゆずらず長い時間がたったみたいじゃが、
スキをみて剛の助が美濃吉を土俵の縁まで押し込んだ。が、
あっと思った瞬間に美濃吉は剛の助をうっちゃり土俵の外へ投げ出したんじゃ。
さすがの美濃吉もハアハアと大きな息をしておったが、
勝ち名乗りを受ける頃になるとニッコリと笑っておったんじゃ。
美濃吉は美濃の国では一番の力持ちとなったんじゃ。

近頃の美濃吉は竹ケ鼻の山の上に登ることが多なった。
竹ケ鼻は上古井村はもとより、
勝山・大田・土田・伏見・兼山・八百津・川辺等の村々を
見渡せとても景色のいい所じゃ。美濃吉はここに登り辺りをグルリと見渡した後、
大杉の下で昼寝をするのが好きじゃった。
村の人々はこの竹ケ鼻には天狗がおると言って誰も寄りつかなんだが、
美濃吉はあのとおりの力持ちじゃったからぜんぜん平気じゃった。

ある日のことじゃった。いつものように大杉の下で昼寝をしていると、
何処からか美濃吉を呼ぶ声がした。
目をあけると大杉の上の方の大きな枝の上になにやらおるではないか。
「お前は誰じゃ?」美濃吉は声をかけた。
すると、それはフワーっと木の枝から飛び降りてきた。
「お前は天狗どんか?」美濃吉が尋ねるとコクンと頷いた。
「天狗どん。おら、いっぺんおめえとすもうをとってみたかった。
どうじゃおらと勝負するか?」
美濃吉は天狗に尋ねると、天狗はニヤっと笑って頷いた。
「おらが勝ったらおめえのその高下駄をかしてくれるか?」
天狗は頷いた。
「よし!それなら勝負じゃ。」

・・・・・・・・

「天狗どん約束じゃ。ちょこっとその高下駄を貸してくれ。」
美濃吉は天狗から高下駄を借り、トンと飛び跳ねた。
すると美濃吉は大杉の大きな枝までひとっとびで上がりきった。
「やあこれはええ!」「今度はあの鳩吹山まで行ってみよう!」
美濃吉は又トンと飛び跳ねると、あっと言う間に鳩吹山まで行って戻ってきた。

「天狗どん。どうじゃ おらに負けて悔しいじゃろう。
もう一番、今度は蓑をかけて勝負じゃ。どうじゃ?」
天狗は頷いた。
「よし!もう一丁勝負じゃ。」

・・・・・・・・

「天狗どん。約束じゃ。ちょこっとその蓑を貸してくれ。」
美濃吉は天狗は隠れ蓑を借り、ひょいとはおった。
すると、美濃吉の姿はみえなくなってしまったのじゃ。
美濃吉はいたづら心を出して天狗の後ろからトンとつっついた。
天狗はキョロキョロ辺りをみまわした。
「ハハハ・・天狗どんにも見えないんじゃなあ。」美濃吉が隠れ蓑をぬぐと姿がみえた。
「天狗どん。2番もおいらに負けて悔しかろう。
どうじゃもう一番勝負するか?
その代わりおいらが勝ったらその羽団扇を貸してくれ。」
「よし!勝負じゃ!」

・・・・・・・・

天狗は3番つづけて美濃吉に負けてしまったのじゃ。
美濃吉は天狗から借りた羽団扇をヒョイをふると ゴーっと風が舞った。
面白がってどんどん振るとあたり一面嵐のように吹き荒れた。
天狗は高下駄や隠蓑と羽団扇を返してくれるようたのんだのじゃが、
知らぬ顔をして使っておった。あまりにもしつこく天狗が言うので、
美濃吉は天狗に向って羽団扇をヒョイっと振ったんじゃ。
天狗は上古井村の方までヒューっと吹き飛ばされてしまったんじゃ。

美濃吉は、高下駄を履き隠蓑を着け、羽団扇を手にしたのじゃ。
すると、なにやら鼻がむずむずしてきて、そのうちどんどん鼻が長くなり始めたんじゃ。
美濃吉はあわてて隠れ蓑と高下駄をはずそうとしたのじゃけれど、
ぜんぜんゆうことをきいてはくれん。
美濃吉の力でもってしてもはずすことは出来なんだのじゃ。
そればかりか美濃吉の鼻は長くなり、とうとう半尺(15センチ)くらいまでのびてしまい
なんと美濃吉は本当の天狗になってしまったのじゃ。

誰にもみつからず自分が思った所へあっという間に飛んでいけ、
羽団扇でヒョイとあおると、物にしろ人にしろなんでも思うようにできる・・・・・
美濃吉は得意になって使っておった。が、使うほどになんだか鼻が長くなるような・・・
そのうち村の人々から、竹ケ鼻には天狗が住んでいて,
時々村に下りてきて悪さをすると言う噂がではじめた。
事実、誰もいないのにご飯やおかずがカラッポになっていたり、
歩いていると後から肩を叩かれ、振り向くとだれもいない。
でも地面に高下駄の跡がついていたり・・・・と数をあげるときりが無くなる程じゃった。

ある日のことじゃった。
天狗になった美濃吉が大杉の枝の上で寝ころがっていると、
なにやら木の下のほうでボソボソ声がするではないか。
美濃吉はなんだろうと思い、枝からヒョイっと飛び降りた。
そして話し声のするところへ行ってみた。もちろん、
隠蓑を着ているので姿はぜんぜん見えなかった。

「じいさま 大丈夫か?
後少しで山之上の治助どんの家じゃと言うのに、お前様が
村を見てみたいちゅうて、竹ケ鼻なんぞへ登るからこんだらことになってしもうたわ。」
「そんだらこと言うてもいまさらこのくじいた足はどうしょうもないわ。」
「けんど ここから見る景色はええじゃろう。」
「そったらのんびりしておって、日が暮れたらどないするんじゃ?」
「ええわい もう少ししたら痛みもひくじゃろうから。
こんな時、えい!って言って治ればええのじゃがのう。」
美濃吉はこの話を聞いていて、
{そうじゃのう えい!って言ってなおればそりゃええわな}と思っていました。
そして何気なく羽団扇をあおぎました。
!すると
「おい ばあさま 痛みがひいてしもうたわい。」「ほんとうけ?じいさま?」
「ああ 本当じゃとも 。ほれこの通り。」
じいさまは ピョンピョン飛び跳ねてみせたんじゃ。
「こりゃあ不思議じゃ。どうして急になおったんじゃ?」
「わしにも わからん。さっき えい!と言って治ればええがと思っちょった時からじゃ。
こりゃあ本当にありがたい事じゃ。」
「この大杉には神様でもいらっしゃるんかいのう?」
「そうじゃそうじゃ。神様でもいらっしゃるんじゃぞい。」
「ありがたや ありがたや。」
二人は大杉に深々とおじぎをして、去っていったんじゃ。

美濃吉は何か不思議な感じを覚えたんじゃ。
何とも言えない清清しさを感じたんじゃ。
この時までは美濃吉もこの羽団扇の本当の使い方を知らなんだのじゃな。
自分が思っていることが、
良いことにつけ悪いことにつけそのまま現れるちゅうことを・

次の日のことじゃった。昨日のじいさまとばあ様が、
山之上の治助どんを連れて竹ケ鼻へ登ってきた。
美濃吉はあいかわらず大杉の枝の上で寝そべっていた。
「治助どん おめえ持病の腰いたがあったじゃろう?いっぺん騙されたとおもって、
この大杉にたのんでみい。きっと痛みがとれるぞい。」
「医者へ行ってもなおらん。薬を飲んでもなおらん。
そんじゃいっぺんお願いでもしようかの。
大杉様どうぞおらの腰いたをなおしてくださられ。お願いしますだ。」

これを聞いていた美濃吉は、
{治助どんの腰いた直れ}と思い込み羽団扇を振ったのじゃ
「おお!不思議じゃ!腰の痛いのが治ったぞ!これこのとおりじゃ。」
治助は背筋をピンと伸ばし二人に話したのじゃ。
「それみい 不思議じゃろう ここの大杉には神様がおらっしゃるんじゃないかのう。」
「ありがたや ありがたや。」
これを見ていた美濃吉は、またまた清清しい気持ちになったのじゃ。
それになんだか鼻の長さが少し短くなったような・・・・

うわさが噂を呼び、あちらこちらから 困った人々が訪れるようになってきたんじゃ。
でも中には強欲な奴もいて、もっと金持ちになりたいなどとの願いの時は、
逆にとてつもなく重い鉄の塊を与えたんじゃ。

あれやこれやと美濃吉は忙しい毎日を送っていたんじゃが、
ある日のこと一人の子供がやってきて、おっかあの病気を治してくれるよう
願をかけたのじゃ。むろん羽団扇であおいでやってこれを治してやったのだが、
急に自分のおっとうやおっかあのことが気になりだしたのじゃ。
それで、ヒョイと上古井村の自分の家に行ったのじゃ。

おっとうとおっかあはいろりのそばで縄を綯っておった。
美濃吉はなんだか悲しくなってきたんじゃ。
天狗になっている自分を親には見せられない。
「おっとう、おっかあ」って声をかけたいのじゃがそれが出来ん。
美濃吉は泪を流しながら竹ヶ鼻へと戻っていったんじゃ

その日はもうすぐ嵐が来るちゅう事で、朝から風の強い日じゃった。
美濃吉はいつもどおり大杉の枝に乗っかってあたりを見ていたんじゃ。
すると、ふもとの方から一人の子供がこの竹ヶ鼻へ向かって登ってくるではないか。
こんな風の強い日に余程のことかなと思って見ていたんじゃ。

その子供は、この竹ヶ鼻のてっぺんにきてあたりを見回し、
「やあ やっぱりここからの眺めは最高じゃ。
おらは大きくなったら絶対一番になってやる。」
子供はそう言って大きな背伸びをしたんじゃ。それから大杉の傍にきて
その杉の木のまわりをグルグルと回っておった。
なにをするんじゃろうと美濃吉は見て居った。
その子供は急に上を向き、いきなりこう言ったのじゃ。
「そこにいるのは天狗どんじゃろ?」
美濃吉はびっくりした。
隠蓑を着ているにもかかわらず見つかってしまったからじゃ。
「おい 天狗どんここに降りておいでよ。」
美濃吉は大杉の枝からヒョイっと降りたんじゃ。そして隠蓑をはずしたんじゃ。
「ハハハ 大当たり! やっぱり天狗どんじゃった。」
「おいらのやまかんがあたったわい。」
「この山には天狗どんがいるって聞いてたから、
いるならこの大杉しかないと思っとったんじゃ。」

「天狗どん、どうじゃおいらとなぞなぞ遊びをしよ。
もしおいらが勝ったらその高下駄を貸してくれるか?」
美濃吉は退屈していたし、おもしろそうだったからコクンと頷いた。
「よし 天狗どん最初のなぞなぞじゃ。月とスッポンがすもうをとったんじゃ。
どっちが勝ったか?」
美濃吉は考えました。が、わかりません。降参するとその子供は言いました。
「ツキダシで月の勝ちじゃ。天狗どん、約束じゃちょこっとその高下駄を貸してくれ。」
子供は高下駄を履いてヒョイっと飛び跳ねました。
すると大杉の枝のうえまで上がりました。それから、
ひとっとびで伏見まで行って返ってきました。

「天狗どん もう一丁するか?」
美濃吉は悔しかったので頷きました。
「おいらが勝ったらその隠れ蓑を貸してくれ。」
美濃吉は頷きました。
「どこもぬらさないで、水の中に入るにはどうすればええかな?」
美濃吉は考えましたが、わかりません 降参しました。
「ハハハ 又勝ったぞ。答えはな 自分の姿を水に映すんじゃ。
そうすれば 水の中に入ったじゃろ。さあ 約束じゃ
ちょこっとその隠れ蓑を貸してくれ。」
美濃吉は子供に隠蓑をかしてやった。
子供がその隠れ蓑を着るとぜんぜん姿がわからなくなってしまった。
後からチョイチョイとつつかれたが、まるでわからない。
子供は隠れ蓑を脱いでこういった。

「天狗どん 二つも負けでは悔しかろ。おまけにもう一番勝負するか?」
事実、美濃吉は悔しかったので頷いたのじゃ。
「おいらが 勝ったら その羽団扇をかしてくれ。」
美濃吉は頷きました。
「では 天狗どん 最後にわるのは なあ~んだ?」
最後にわる?・・・・美濃吉は考えましたがわかりません。とうとう降参しました。
「ハハハ 又勝ったぞ 答えはのう おわり じゃ。

さあ 約束じゃその羽団扇を貸してくれ。」
美濃吉はしかたなくはね団扇を貸してあげたのじゃ。
チョコっとふるとそれは風になりました。子供が面白がって放さないので、
美濃吉は返してくれるよう言ったのじゃ。
すると
突然その子供は美濃吉に向かって羽団扇をヒューっと振ったから大変です。
美濃吉は太田の村まで吹き飛ばされてしまったのじゃ。

・・・・・・・・・・

どのくらいたったんじゃろう 美濃吉は田んぼの中で目をさましたんじゃ。
それから 辺りをみまわし、自分の顔の汗を手でぬぐおうとした時じゃ。
{ない!ない!鼻がない!。}
天狗の時の美濃吉の鼻は半尺もあったろうに、
今は前と同じ普通の鼻になっておったんじゃ。
すぐ傍の溜池に自分の顔を映してみた。
前と同じ美濃吉の顔になっておった。
戻ったんじゃ。美濃吉は急いで立ち上がり、
一目散に上古井村の美濃吉の家に向かったのじゃ。
「おっとう!おっかあ。」
美濃吉は大きな声で叫びながらはしっていったのじゃ。

おしまい?

そう これでこのお話はおしまいじゃ。
うん?その後竹ヶ鼻がどうなったかって言うのかの?
美濃吉が急いで家に戻ってからしばらくすると、大嵐が来たんじゃ。
それで、あの大杉は風で倒れてしまったのじゃ。多分大風で倒れたと思うがの。
ひょっとかすると あの子供が羽団扇で吹き倒したかもしれんの。
うん?あの子供か?
さあ その後のことはわしは知らん。が、大杉も無くなって居る場所がなくなったから、
どこぞへ行ってしまったかもしれんの。
その後竹ケ鼻に天狗が出たと言う話を聞いたことがないもんなあ。
そんじゃあ このへんで さいなら

ものがたり・しぶがき弥平

はじめに

この美濃加茂市蜂屋町は古くから干し柿の生産地として各地に知れ渡っています。
文献によれば
古くは奈良時代以前より干し柿を朝廷や公家等に献上していたようです。
戦国時代には信長や秀吉、家康などにも献上していたとのことです。
現在においては宮内庁ご用達の品にも加えられております。
実際は”堂上蜂屋柿”と呼ばれているようです。
この蜂屋柿をテーマに作りましたが、
例によって史実とは何ら関係がありませんので、ご承知おきください

むかしむかし
美濃の国の蜂屋村に弥平と言う男が住んでいました。
弥平はとても働き者で、朝薄暗い頃から夜遅くまで、
田んぼや畑でせっせこ、せっせこ働いていました。

ある日のことです。
弥平はたきぎを取りに、山にでかけました。
ショイコにいっぱいの薪を取り、山を降りようとした時です。
頭の上にカラスがカーカーと鳴いて飛んできて、
弥平の足元に何やらポトリと落としていきました。
「おや これは柿の種ではないかな?」
弥平はその柿の種を拾って懐にしまい、家に帰りました。

「おっかあ 帰ったぞ。」
「おや お前さん。随分早かったねえ。」
「ああ 思ったより早くしまえたワイ。それになあ」
弥平はカラスが落としていった柿の種のことを女房のお里に話しました。

「庭の隅に植えるかのお。」
「うまい柿になるといいねえ。」
二人はそう言って庭の片隅に柿の種を植えました。

{桃栗三年、柿八年。梅はスイスイ十三年。}

昔より桃や栗は実をつけるのに三年、柿は八年 梅はなんと
十三年もかかるとの言い伝えがあります。
弥平はこの柿の種を懸命に世話をしました。
そうして八年過ぎた秋のことです。

いつものように朝早く起きた弥平は外にでて、大きくなった
柿の木をみました。
「おっかあ!できたぞ できた。」
「柿の木に実がなったぞ!。」
朝飯の仕度をしていたお里も、弥平の大きな声に驚いて外にでて来ました。

「あ~れ ほんとじゃ。」
「おっとう よかったのう。ようやく柿が実をつけたのう。」
「世話したかいがあったわい。よかったよかった。」
弥平とお里は一杯実をつけた柿の木を感慨ぶかく見ていました。

「あと ちょこっとすると 真っ赤になるで、そうしたら一緒に食べよかの。」
「ええ 楽しみじゃねえ おっとう。」

柿の実は日に日に赤色を増してきました。
「どおれ もうええじゃろう。」
「お里 柿の実をちぎるぞい。」
弥平とお里は柿の実をもぎ、
真っ赤に色ずいておいしそうな柿の実を二人でガブリと食べました。

「うへ~!」
弥平は一口食べて、その余りの渋さに思わず大きな声を出しました。
真っ赤に色ずいてうまそうな柿は、なんと渋柿だったのです。
「おっとう、これは渋柿じゃ!。とっても食べられるもんじゃない。」
「世間様に笑われるまえに、早う柿の木を切ろまいかの。」
その当時は、渋柿の木はすべて切り倒していました。
「うん・・・・。」
でも 弥平はまだあきらめきれません。
「もうちょこっと 様子を見よまいか。」
柿の実は日に日に赤みを増してきましたが、
一つもぎって食べてみるとやっぱり渋柿です。

そんなこんなしている内に渋柿だということが近所に知れ渡ってしまいました。
「八年もかけて、弥平どんは渋柿を作った。ワハハハ。」
「ほんにご苦労様なこった。ワハハハ。」
あげくの果てに子供達からも「わ~い しぶがきやへいのおっちゃんや・・・。」
とからかわれる始末でした。
やっとのことで、弥平は決心をしました。
「明日もういっぺん食べてみよ。それでダメなら柿の木を切ろう。」
弥平は寝床にはいりました。

どのくらいたったでしょうか。
「弥平どん。弥平どん。」
弥平は薄目を開けました。
枕もとにきれいな娘が座って弥平を呼んでいるではありませんか。
弥平は「これはきっと夢に違いない。でもきれいな娘だなあ。」と
思いつつまた瞼を閉じました。
「弥平どん。弥平どん。」
今度は弥平の体に手をかけてゆするではありませんか
弥平はあわてて飛び起きました。
「お前はだれじゃ?この近所の娘ではないな。」
「こんな夜中に何事じゃ?」

「私は、弥平どんに育ててもらった柿の木です。」
「明日弥平どんは私を切ってしまうおつもりですか?。」
なんとこの娘は柿の木の精霊だったのです。
「ああ 明日 もし柿の実が渋かったら、これ以上世間様に笑われとうない。」
「そん時は かわいそうじゃが切るしかないじゃろうのう。」
「お願いです。私を切らないでください。」
「そんでものう・・・。」
「お願いします。弥平どん。私を切らないで下さい。」
柿の木の精霊は何度も何度も弥平にたのみました。

「弥平どん、柿の実の皮をむいて、軒の下につるして一月ほど干してください。」
「きっと 甘い柿の実になりますから。」
「どうか それまで私を切らないでください。」
娘はそう言うとすっと消えてしまいました。

次の朝、弥平は柿の実をすべてちぎり、皮をむいて軒の下につるしました。
女房のお里もあきれて見ていましたが、しまいには手伝ってくれました。
「お前さん、こんなことをして又近所から笑われるだよ。」
弥平は夕べのことをお里に話しました。
「キツネかタヌキに化かされたんじゃないのけ?」
「うん でもいっぺん信じてみようと思っての。」
「柿の木はいつでも切れるからの。」

軒下にはズラリと皮をむいた渋柿が並びました。
これを見た近所の人は「とうとう 弥平どんも気がふれたわい。」
「まだ若いのにのう。気の毒なこっちゃ。」
とうわさをしておりました。

そうこうしている内に一月がたちました。

お殿様がこの蜂屋村を見回りにきました。
あちこちの様子をみまわった後、弥平の家の前を通りかかりました。
軒下に何やら薄黒くなったものが並んでいます。でもそのあたりから
とてもかぐわしくうまそうな匂いがしてきます。
「これはなんじゃ?」
弥平はお殿様に直接尋ねられたので、びっくりしました。
「へい これは柿を干したものです。」
「なに?柿を干した?うまいのか?」
弥平は返答に困りました。うまいのかまずいのか弥平にもわかりません。
口のなかでもごもごしていると、突然 お殿様はその柿の実をつかみ
ガブリと口のなかにほうり込みました。

「うお~~~。」
お殿様がものすごい声を出したので、弥平はお手打ちになると思い、
土下座をして額を土の上にこすりつけ、「お殿様 お許しください。」と
謝りました。お里もあわてて飛び出してきて、
「お殿様、どうかお許しくださいませ。」とペコペコ頭をさげました。
近所の人たちも「これで弥平どんも打ち首じゃろうな。」
「気の毒に、いつまでもあんな柿の木を置いておくからじゃ。さっさと
切ってしまえばよかったのに。」と思っておりました。

「そのほう 名はなんと申す?」
お殿様は弥平に尋ねました。
「へ へい 弥平と申します。」
「弥平と言うのか。」
「弥平 今すぐこの柿の実を城にもってまいれ!必ず一人でまいれ!よいな。」
お殿様はそう言うとお城に戻っていきました。

「お里 もうだめじゃ お城にこの柿の実をもってこいとの事じゃ。」
「それも一人じゃとのことじゃ。お里世話をかけたの。」
「おわかれじゃ。お里・・・・後をたのむぞ。」
「お前さん わ~~ん。」
お里は大きな声で泣き始めました。
「お里 うえ~~~ん。」

二人は抱き合って泣いていました。
そこへお城からの使いの者がやってきて、「おい!弥平さっさとしろ!。」と
どなりつけました。
弥平は軒下の柿の実をすべて取り、ショイコに背負って、家来の後をトボトボと
ついて行きました。

お城についた弥平は
弥平の家がスッポリ入るくらい広い部屋にとおされました。
「ここで 心を決めて静かに待っていろ!。」
家来はそう言うと弥平を一人だけにして去っていきました。
「心を決めて待ってろということは、もうダメじゃ。」
「静かにしていろって言ったって、ガタガタ震えがきてたまらんわい。」
弥平はブルブル震えておりました。
どのくらいたったのでしょう。
障子がスッと開いて、一人の腰元がお盆の上に何かを載せて運んで来ました。

「さあ これを飲んで楽になってくださいな。」
{打ち首はまぬがれたけんど、これはきっと毒じゃ。ああ お里とこれでお別れじゃ}
そう思いながら 弥平はお盆の上の飲み物を覚悟を決め一気に飲み干しました。
{熱い!熱い いよいよこれで おしまいじゃ・・・。}
と思いましたがしばらくするとなにやらとても気持ちがよくなってきました。
もののついでにもう一つの飲み物もグイっと飲みました。
ますます気持ちが良くなりました。

そこへお殿様が供の者を従えやってきました。
「弥平 そのほうどうやってこの柿を作ったのじゃ?」
弥平はあの夜の娘の話をお殿様に話しました。
「するとこの柿はもともとは渋柿じゃったと言うことか?」
お殿様は再び弥平に尋ねました。
弥平は娘から聞いたとおりの作り方をお殿様に話しました。

「弥平 これを食べてみよ。」
お殿様は柿の実を弥平に渡しました。自分で作った柿に実ですが、
干した実は初めてです。
弥平は手にとった柿の実を恐る恐る口にもっていきました。

「う うまい!」
なんと この世の物とは思えないほどに甘く美味しいものでした。
「弥平 見事じゃ! そのほうの家から柿の実をすべて持ってこさせたのは
他国に知られたくなかったからじゃ。」
「いずれ他国にもわかるじゃろうが・・これをわが国の産業にしようぞ。」
「弥平 そのほうに褒美をとらすぞ。」

「おさと~~~~。」
弥平は一杯のご褒美を背にお里のいる家へと走ってもどりました。
柿の木の下を通りかかった時です。どこからか
「弥平どん ありがと。」と
あの娘の声が聞こえました。

村の人たちも 弥平のことを誰も笑ったりしなくなりました。
そして 弥平とお里はいつまでも 仲良く暮らしましたとさ。

ものがたり・甚五郎桜

むかしむかし 美濃の国から飛騨の国への 通り街道に
神渕というまるでウナギの寝床のようにほそ長く続く村がありました。

ある日のことです。
この村を一人の旅の男が通りかかりました。
でも なんだか少しようすが変です。
おとこはよたよたと歩いてきてついにお寺の門のところで
ペタンと座り込んでしまいました。

そこへ 和尚様がお寺から出てきました。
和尚様は男の人に尋ねました。「どうなされたのじゃな?」
おとこは和尚様に答えました。
「私は木彫師の甚五郎と言う者です。実は これから
飛騨の高山へ カラクリ人形を作る為に行くところなのですが、
旅の途中どこかで路銀を落してしまい、もうまる二日何も食べていません。」
「おお、それはお気の毒に。それではひとまずこのお寺にお泊まりなされ。」
和尚様はそう言って旅の男を泊めてあげました。

「何分と山奥の村じゃ。さあさ あまりご馳走はできませんが、
どうぞお腹いっぱい召し上がって下ださい。」
和尚様はそう言って 木彫師の甚五郎にご飯とお味噌汁
山で採れた山菜やらを差しあげました。
「それから これから高山まではまだ大分とある。わずかじゃが
持って行きなされ。」和尚様は 路銀を渡たしました。
「和尚様有難がとうございます。お陰で助かりました。」
甚五郎は目に泪をいっぱい浮かべ、何度もお礼を言いました。
「なんの なんの 困った時は お互い様じゃ。そんなに
気になさらなくてもいいですよ。」
和尚様は優しいまなざしで甚五郎に言いました。

「和尚様、私は京の都では少しは名の通った木彫職人です。
このご恩と言っては何ですが、一つ何にかを彫らせて下ださい。」
「高山へ行くのはもう少し後でもいいものですから…」

「そうじゃのう……」
和尚様はしばらく考がえていましたが、
「その昔、スサノオノミコトが、”やまたのおろち”を退治された時
龍の首がこの神渕の里まで飛んできてほれ、
お前様が座り込んでおった側の池に落ちたとのことじゃ。
それ以来このお寺のことを龍門寺と呼ぶようになったのじゃが、
この寺には龍の形をした物がない。」
「甚五郎どんが そう言ってくれるのなら、一つ木彫の龍を
作って頂だけるかの?」
和尚様は甚五郎にこう言いました。
「和尚様喜こんで作くらさせていただきます。」

次の日から甚五郎はお寺の本堂で木彫の龍を彫始じめました。
三日三晩というもの甚五郎は寝る時間も惜しんで彫り続づけました。
そして四日目の朝、龍の彫り物は完成しました。

「おお これはすばらしい! 見事なものじゃ まるで今ますぐに
でも動き出すようだ。う~ん」
和尚様はあまりにもすばらしい出来栄に思わずうなってしまいました。

龍の彫物は寺の門に具なえつけられました。
まるで龍がこの門に住み着いているかのようです。…・・

その夜のことです。
ピカッ!ガラガラガラドドオン!
ものすごいカミナリの音ともにザザアーと雨が降り始めました。
風もゴオーと吹き荒れ、
その中を何かがものすごい唸なり声をあげながら駆け回わっているようです。
村むらの人々ひとびとは突然の出来事、
恐ろしくなり雨戸を締め切ってガタガタ震えていました。

そうして 夜が明けました。
「おい 夕べの嵐はすごかったのう」
「本当に!何や恐ろしかったのう。」
村の人々は会うたびに夕べの嵐のことを話し合いました。
「あの恐しい叫び声は何じゃろう?」
「そうじゃそうじゃ なんじゃろう?」
村の人々は嵐の中での出来事に心を震るわせていました。
そして このことは 次の夜も又その次の夜も続づきました。

「おお あれは!」
一人の若者のが 恐そる恐そる戸を開けて荒れ狂う外の様子を見ました。
そこには
雨風にまじって世にも恐ろしい一匹の龍が大きな叫び声をあげながら
飛び回っているではありませんか。
「龍だ!龍が飛び回っている!」
若者は大きな声をあげました。

次の朝、この龍の話で大騒ぎです。
「きっと お寺の龍が暴れまわっているんだ!。」
「そうだ!そうに違いない!。」
村人達はそう思い和尚様に話しました。
「そうか この門の龍が…・・暴れまわっているのか…・・。」
「きっと ”やまたのおろち”の魂が乗り移ったに違がいない。」
和尚様は高山に行った甚五郎を呼び戻すために村人ひとを使いにやりました。

高山から再び龍門寺に戻った甚五郎は、
「和尚様それでは龍の心の臓を取り出しましょう。
そうすれば この龍は絶対動き回りません。」
こう言うと甚五郎は、木彫の龍から心臓の部分をくりぬきました。

「和尚様これをどこかに念仏を唱えて埋めてください。」
甚五郎は そう言ってくりぬいた木彫の龍の一部を渡たしました。
和尚様は、念仏を唱なえ これを土の中に埋めました。

それからは不思議なことに、暴れまわっていた龍この村に現われなくなりました。

あくる年のことです。和尚様が念仏を唱なえ土の中に埋めた所から
木の芽が出て、あれよあれよといううちに大きな桜の木となって見事な花を咲かせました。

村の人々は、この桜の木のことをいつしか ”甚五郎桜”と呼ぶようになりました。
甚五郎桜は現在も春になるときれいな花を咲かせています。

                   おわり