◆狸の童のおはなし

むかしむかし
ある山の奥深くのちいさな村にとてもなかのいい 
じっさまとばっさまが住んでいました。

そとは夕暮れ・・木枯らしがピープーふいています。
「さあむい寒いお外は寒い、はあやく縄なってしまおかの。」
じっさまは歌いながら土間でなわを綯っています。
ばっさまはというと あがりはなのイロリでなにやら煮ています。
「じっさまじっさま もうじっき オナベがグツグツにえますよ。
はあやく なわなってしまやんせ。はあやく しまいにしやしゃんせ。」
ばっさまも同じように歌ってじっさまに話しました。
そして 二人で顔を見合わせ、ハハハ ホホホと笑いました。

トントントン

外で誰かが戸をたたきました。
「おんや こんな夕さ(夕方)にだれかいな。」
じっさまは縄をなう手を休めて言いました。
冬の夜は早く来ます。もう外は真っ暗になっていることでしよう。
「さあて じっさまちょこっと見ておいでな。」
ばっさまはじっさまに言いました。
「そんじゃあ。」といってじっさまは入り口の戸のところに行きました。

「もうし 外の人 こんな夜中になんじゃいな?」
じっさまは戸ごしに 聞きました。
「おら タヌキじゃなかったポンタじゃ。 
道に迷ってしまったけん一晩泊めてくんろ。」
外からは子供のこえで返事が返ってきました。
「道に迷うたちゅうて、こんな夜更けに童(わらし)がどこさ行くつもりじゃ?
さては キツネかタヌキかそれとも何ぞバケているんとちがうか?」
じっさまは そういって戸を開けようとしませんでした。
ばっさまが傍まできて言いました。
「じっさま ええじゃねんか キツネでもタヌキでも、こんな寒い夜じゃ
一晩くれえなら泊めてやりんしゃい。」
じっさまは 戸を少しだけあけました。
そこには寒さでふるえている 一人の子供がたっていました。
木枯らしがふいて、こなゆきもちらちら舞っています。
「こりゃこりゃ 寒かったじゃろ。はよう中にはいりんしゃい。」
じっさまは 思い切り戸をあけました。
ピュー 風が家の内中を飛びまわりました。

「さあさ イロリのそばへ来い。」
ばっさまは 童にそう言って イロリのそばへ連れて行きました。
「あったけえ あったけえ。」
童は手をイロリの火にかざして言いました。
「そうじゃろ あったけえじゃろう。ちょこっと待ってな。じっさまの仕事も
きりがつくじゃろうから、そしたら 芋汁をやるでな。」
「じっさま そろそろ終わりにしなしゃんせ。じっさまの好きな芋汁もできたでな。」
「よっしゃ そんじゃあ 今夜はこんでおしまいじゃ。 あ あ~あ。」
じっさまは大きな背伸びをしてから 土間のなわを片付けました。

・・・・・・

「おまっとうさん。」
じっさまはイロリのそばに来ました。
「さあさ たんと食べれ。」
ばっさまはお椀に芋汁をそそぎ、童に差し出しました。
よほどお腹がすいていたのでしょう。あわてて食べようとしましたが、
熱くて食べられません。
「これこれ そんなにあわてなくてもええじゃ。芋汁はたんとあるでな。
それにな、ほれ こうして 食べるんじゃ。」
じっさまは 童のお椀にフーフー息をかけました。
「ほれ こうすると さめるじゃろ。そうやって 食べろ。」
童はフーフー息をかけながら 芋汁を食べはじめました。
「さあさ じっさまも。」
ばっさまがじっさまにお椀を差し出しました。
「あんがとよ。」
じっさまも芋汁をフーフー息をかけながら食べました。

・・・・・

「食った食った もお食えん。ほれ お腹がポンポコポンじゃ。」
童はそう言ってお腹をたたきました。

ポン! 

童のお腹からはとってもいい音がしました。
「ホホホ うまかったか?」ばっさまが言うと 「うん とってもうまかった。」
「たんと食べたで なんや眠うなってきただ。」
「そうかそうか そんならそこで横になれ。」
じっさまは 童を自分の横に寝かせました。

お腹が一杯になり、温かくなったので 
童はすぐに寝息をたてて寝てしまいました。
じっさまとばっさまは芋汁を食べながら、その童を見てはニコニコしていました。
「かわええの かわええの。」
じっさまが言いました。ばっさまも「うん うん。」うなづきました。
そして 又童の寝顔をのぞきこみました。

と!、

「じっさま じっさま ちょっと見んさい。」
ばっさまがじっさまに言いました。
「どないしたんじゃ?」じっさまが言いますと、
ばっさまは 童のお尻のあたりを
ゆびさして、「ほれほれ このとおり。」
「ありゃりゃ シッポじゃシッポ。」
なんと 童のお尻からはタヌキのシッポが覗いていました。

やさしい じっさまとばっさまで タヌキもついつい安心したのでしょう。
シッポを出してしまいました。が、じっさまもばっさまも そんなことは全然
気にもせず、眺めておりました。
「かわええのう かわええのう。」「うん うん。」
じっさまとばっさまは 幾度となく言いました。

寒い冬の夜のことです。
じっさまとばっさまもイロリのそばで横になりました。
イロリの火は赤々と燃えています。まるで二人の心持のように・・・・

次の朝、タヌキのポンタはガバッとハネ起きました。
あたりをキョロキョロ見回すと、じっさまは土間でぞうりを作っています。
ばっさまはカマドのそばでなにやら炊いています。
「じっさま ばっさま夕べはありがと。オラもう出て行くだ。」
じっさまもばっさまも 驚いて言いました。
「出てゆくちゅうたって どこいくだ?」
「どこって 言っても・・・・・」
ポンタはもじもじしながら答えました。
「お前さえよかっらた ここにずっとおったらええぞ。」
じっさまが言いました。
ポンタは、じっさまもばっさまも自分のことを本当に人間の子供だと信じて
いると思いました。ポンタは じっさまとばっさまに悪いことをしたと思いました。
「おら やっぱり出て行くだ。」
「お前がタヌキだからか・?」
じっさまが 急にこう言ったのでポンタはびっくりしてしまいました。
「おら・・おら・・」
「お前がタヌキじゃろうと本当の子供だろうと、キツネだろうと 、
そんなことはええ。お前さえよければ ここにズッといろ。」
「そうじゃそうじゃ ポンタ ずっとここにいろ。」
ばっさまもこう言いました。

ポンタはあまりのことにオロオロしてしまいました。
こんなやさしいじっさまとばっさまと一緒に暮らせたら
どんなにかいいことかと思いました。
「ポンタ、ポンタ こっちに来い!」
ばっさまが言いました。
「おお ポンタ、ポンタ じっさまへも来い。」
じっさまも 同じように言いました。
ポンタは嬉しくなって、「うん ばっさま。」
と言ってばっさまのひざの上に
行きました。それから じっさまの うでの中に行きました。

こうして
タヌキのポンタはじっさまとばっさまと一緒に暮らすことになりました。

「ポンタや もうすぐたあんと雪が降るぞ。その前に山へ薪を取りに行くで
ついてくるか?」
じっさまが言いました。
「うん おらじっさまと一緒に行く!」
ポンタは嬉しそうに答えました。
「そうかそうか そんならおにぎりをこさえたるの。なんせポンタは
大飯食いじゃからの。 ホホホホホ」
ばっさまは笑いながら言いました。
ポンタは照れくさそうに「へへへへ。」と笑いました。

じっさまは裏の軒の下から薪を背負うショイコを二つ持って来ました。
それから 腰にはナタをつけました。
「おにぎりはポンタが持っていけ。じゃが 途中で食べてしまうなよハハハハハ。」
じっさまも楽しそうに言いました。
なにせ じっさまとばっさまにはポンタという可愛い子供が出来たのです。
こんな嬉しいことはありません。
ポンタもこんなにやさしいじっさまとばっさまと一緒に暮らせるのです。
とても幸せな気分でした。

「さあ たあんとおにぎりも作ったで、ポンタほれちょっくら重いぞ。」
ばっさまは たくさんのおにぎりをポンタに渡しました。
「ばっさま そんじゃいって来るぞな。」
ポンタは言いました。そして 早足で外に出ました。
「じっさま 早くいくぞ。」ポンタははりきっています。
「あわてるな あわてるな。」じっさまは 笑いながら言いました。
「そんじゃ ばっさま行って来るでな。」
「おうおう じっさま気をつけてな。」
ばっさまは 外に出て二人を送り出しました。

時々木枯らしがピープー吹いてきて、まもなくたくさんの雪が降ることでしょう。
遠くの山々はもう真っ白に雪化粧をしています。
雪が降り始めるとこのあたりは全部雪の中に埋もれてしまいます。
ばっさまに見送られ二人は山へと向かいました。

じっさまとポンタは話しながら山道を歩いています。
「じっさま 今日はたあんと柴かれたな。」
「おうおう たあんとかれた。ポンタがようがんばった。」
「じっさま 今日はたあんと薪をひろったな。」
「おうおう たあんと拾ったぞ。ポンタがようけ拾ったわい。」
「じっさまじっさま、ばっさまのこさえたおにぎりうまかったな。」
「おうおう うまかった。ポンタはようけ食べたワイ。」
「じっさま じっさま オラキノコがいっぱいあるとこ知ってるだ。
ポンポコ谷の近くだけんど、ばっさまにとっていってやろかの。」
「ポンポコ谷まではちと遠いぞ。」
「近道があるだ。じっさま いこ。雪が降る前が一番うめえぞ。」
「そんなら いこまいか。」
じっさまとポンタはポンポコ山へと向かいました。

ひとつ山を越え谷に入るところで、突然!
ガラガラガラ!ものすごい音とともに山の中ほどから岩が崩れてきました。
「あっ!ポンタあぶねえ!。」
じっさまはポンタを自分の腕の中に抱え込み、
近くの大きな切り株の後に隠れました。
ゴロゴゴロ!
岩はじっさまのそばを転げ落ちていきました。

「じっさま ありがと オラびっくりしただ。! じっさま どうしただ?」
じっさまは 足をおさえて痛そうにしています。
岩崩から逃げる時にどうやら足をくじいてしまったようです。
「じっさま オラ誰かよんでくる。少しまっててくれ!。」
ポンタは、そう言って 走り出しました。

ポンタは走りました。ひとつ山を戻り、二つ目の山を越え、
ようやく村への街道に出ました。もう少しすると夕方になってしまいます。
ポンタは少しあせっていました。
「ああ じっさま 大丈夫かの。誰かいないかの。」
一本松の近くまで来た時です。
近くの畑に男の人と女の人が野良仕事をしていました。
「ああよかった。お~い そこの人、オラのじっさまが 山で足をくじいてしまった。
たのむで 助けてくんろ!。」
その声でしゃがんで仕事をしていた二人は立ち上がり、ポンタの方を見ました。
そこには タヌキがいるではありませんか。
「やや! タヌキじゃタヌキ! おっとう、おらたちをだまくらかすつもりじゃろ。
つかまえてタヌキ汁にしよまいか。」
「そうじゃ そうじゃ そうしよう!」

二人は仕事をやめてポンタのほうへ走ってきます。
これにはポンタもびっくり、慌てて逃げ出しました。ふたりは追いかけてきます。
ポンタは一本松まで逃げてきました。と、そこにはお地蔵様がいらっしゃる。
ポンタはお地蔵様に言いました。
「お願いじゃ、おらをかくまってくれ。」
ポンタはお地蔵様の後に身を隠しました。

そこへ二人がやってきました。
「どこいった?確かこの辺にきたと思ったが・・」
「あっちじゃ あっちを探そう。」
ふたりは 別の方に走っていきました。
二人が遠ざかったのを見て、ポンタはお地蔵様の後からでてきました。
「ああ こわかった。お地蔵様 ありがとう。けんど だれもオラの言うこと
信じてくれん。お地蔵様オラどうしたらええんじゃ。オラ タヌキだけんど
オラ タヌキじゃねえ!」
「こうなったら オラがじっさまを・・・」
ポンタはまたじっさまのいる山へと走っていきました。

ゴ~~ン

寺の鐘の音が聞こえてきます。あたりは次第に暗くなり始めました。
ばっさまが お地蔵様のところまでやってきました。
「心配じゃのう。さっき村の衆がタヌキジャタヌキじゃと騒いでおったが、
じっさまがどうの、足がどうのと聞こえたが・・どうも心配じゃて、
お地蔵様、どうぞじっさまとポンタをお守りくださいな。」
ばっさまがお地蔵様にお願いをしている時です。
ポンタがじっさまをせなかにおぶってやってきました。

「ポンタ!どうしたんじゃ?じっさま!どうしたんじゃ?」
ばっさまは驚いて二人に尋ねました。
「ばっさま、ああ助かった。じっさまが足をくじいて歩けんのじゃ。オラ、
村の人に助けてってたのんだけんど、オラガタヌキじゃけん、誰も信じてくれん。」
ポンタはそう言ってじっさまを背中におぶさったままその場に倒れてしまいました。
「こったら小せえ体でわしをここまで背負ってきたんじゃ。えらかっらろうの。」
「そうかそうか、ポンタようここまでがんばったのう。」
「オラくやしい オラタヌキじゃども、オラタヌキじゃねえ!」
ばっさまも 目に泪をうかべて言いました。
「そうじゃそうじゃ お前はじっさまとばっさまの童のポンタじゃ。」

いつしか先の百姓の男の人と女の人が、村人達とやってきていました。
「じっさま、ばっさまかんにんな。
タヌキがオラたちをてっきりだまくらかすと思ってな。」
「ポンタ かんにんな。もうお前のことをタヌキなんていわねえからな。」
「さあ じっさま、オラの背中におぶされ。家さ帰るだ。」
こうして ポンタ達は家に帰ることになりました。

ポンタは少し歩いてから、ふと立ち止まりお地蔵様のところに戻りました。
そしてお地蔵様に手を合わせ、「お地蔵様、ありがと。」
お地蔵様は何も言わず、ただ だまって立っています。
あたりは、夕闇がせまってきました。

・・・・・

「ポンタ、ポンタじっさまこい。」
「うんうんじっさま。」
「ポンタ ポンタばっさまへこい。」
「うんうん ばっさま。」
家の中のイロリのそばで、じっさまとばっさまにはさまれ、ポンタは
うれしそうにあっちへいったり、こっちにきたりしています。
じっさまもばっさまも笑いながらポンタをかわるがわる抱いています。

三人はこうしていつまでもいつまでも幸せに暮らしました。

おしまい